ココボロだとか好きだとか

大学院生による独り言と備忘録

紅茶や趣味について

Twining,Earl Gray Tea

紅茶を飲む。

 

学生の頃はMont-bellの保温性能が高いくてでかい(900ml)水筒を持ち運び、夏場でも熱い紅茶を飲んでいた。我ながら優雅だったのかもしれない(公立高校並感)。

といっても紅茶にこだわりはあまりなかった。スーパーで売っている日東紅茶やリプトンのイエローラベル。当時は(というよりほとんど今も)紅茶に紅茶であること以上を求めていないのだ。私にとって、大抵のものはおいしい。

おいしいものの表現をもっと突き詰めていけば、微妙な差異を感じ取ることができるようになって舌が肥えていくのだという。言語が日常を規定するのだろうか。しかしながら、私は平易な言葉で平易な文章を綴る趣味しかないので、なかなか分かられないでいる。

閑話休題

 

そんなこんなで今回買ったのが、トワイニングズ(最後は濁るのかしらん)のアールグレイ。最近はデカフェ(意識高めでカフェイン抜きをしているのではなく、寝る時間が学生にしては早いので夕方以降の紅茶やコーヒーをカフェインレスにしている)のAhamadばかりを飲んでいた。確かに、日東やリプトンとは異なる種類のさわやかな香りでおいしい。アーマッドによると私の買ったティーバッグはストレートでもミルクティーでもどちらでもイケるバランスの取れている商品らしい。

私は甘党なのでミルクティーを好む。紅茶好きによるとミルクティーにはイングリッシュブレックファストかアールグレイがいいとのことなので、今回Twiningsを買ったのだ。ようやく名前が出てきた。

 

たまたま立ち寄ったカルディでたまたまセールに掛かっていた。本来であれば200gで2,000円くらいのこの商品が700円程度であった。とても安い。

衝動買いとはあまり関心ならないのだが、まあ自己投資みたいなもんだろう、知らんけど。だってもっと味の語彙力とかそこそこいいコーヒー/紅茶の違いとか分かるようになりたいじゃん?経験に金払うってこと。

 

これはティーリーフの商品でバッグ(パック)ではない。だからこそ、先日紹介した茶器をわざわざ温めて、むかーしに紹介したカップを取り出してきて紅茶を淹れた。今日は何でもない一日であったけれど、何のやる気も起きないので、せめて多少なりとも優雅な一日をと思ったのだ。結果よくわからない。

確かに、アーマッドよりかもミルクに合っている気がする。気がするだけなのだ。繊細な表現はできない。できるようになりたい。

アーマッドもずっと購入する予定であるし、トワイニングズのアールグレイもまだまだたくさんあるのでなくなる前にはもっとレビューっぽいレビューをできるようになるのが目標。目標立てないとやらないしね。

 

 

ということで本題は以上。あとは(本当は全部)余談。

Laura day romanceが好きな話は何回したのかしら。あまり覚えていない。年末、homecomingsのUSツアー、東京会場のライブを観に行った。目的はホムカミではなくてローラ。ゲスト出演とは言ったものの40~50分ほどはローラの演奏を聴くことができ大変満足であった。

ローラは昨年マジで一番聴いたバンドで、最新のアルバムであるroman candlesは外れ一つない名盤だし、Awesome.EPもよい。とくにAwesome.EPのolive driveは私の敬愛する小沢健二へのリスペクトを感じ、なんというのだろうか、憧れを共有するその感覚が歌詞への共感を高めていように思われるのだ。

というのがローラの布教なのだが、最近よく考えるのだ、ナニカを人に勧めるときには何を代表にするべきなのだろうか。

例えば、好きな小説家がいる。太宰治という男は好きな作家の中でも群を抜いていて、彼の作品を手にとる機会は他の作家と比べてとても多い。そんな太宰を人に勧めるならばどの作品を代表にするべきなのだろうか。代表作は人間失格だけれども、長い。そのうえ下らない話である(褒めてる)。やはり『葉』だろうか。青空文庫でも読めるし。けれど、ある程度本を読む人間なら『如是我聞』の方が面白いかもしれない。代表を決めるのは難しい。私が一番好きな作品は『葉』で間違いないのだが、好みと勧める内容には乖離がある気がしてならない。

音楽も一緒で、人に勧めるのも勧められるのもあまり好みではない。しかしながら、『Will you still love me tomorrow』の和訳記事でも話したように、私にとって一番幸いだと思われる記憶は、逢瀬の後に恋人とその曲を共有した瞬間であったに違いない。

であるから、私は好みの共有が苦手であるのではなくて、あまりに過剰な意味を持たせてしまっているのかもしれない。

何の話をしているのかわからなくなってきた。

こういう話はたくさんiPhoneのメモ帳に書き綴られていくのが常だが、今回はたまたまこはてなブログであった。たかが余談であるし、そのまま推敲もせず公開することにしよう。