東京の街並みは、確かに私好みではあったものの、私のためではなかったのだ。
東京へ上る。私の生まれは関東であるから、上り電車は決まって東京へ行くものだとそう信じている。関西においては古都を指すのかもしれないが、そもそも一度たりとも降り立ったことのないその地について、私はあまり深い感情を抱いていない。
学生の身である現在は、年の半分以上は東京へ行っているだろうか。自分でもあまり定かではないが、大学生、さらには大学院生の今では大学に行かない日々も多く、年間休日という概念を理解できずにいる。
東京。
いつまでも東京は東京であって、何度その場へ伺おうとも"通い慣れた場所"にはならず、異質なまま私の意識へと落ち込むだけだ。
これが千葉や神奈川だと、もっと身近に、自らもその場所に馴染むような受け入れ方ができるのであるが、どうしても東京、特に中心部とされるような場所だけは、あまりにも他所行きの印象が拭えない。たとえば、今年の夏にたった二週間通った程度の日吉では、私はもう我が物顔でその場所を闊歩できるのであるが、幾度となく通った大学院の最寄り駅やその付近は未だに恐れがある。大学という敷地そのものはよろしいのだが、そこから一歩出るだけで、周囲を取り囲む人々や店々にどこか疎外感を感じてしまう。
最近は、土曜日に東京に行く用事があってその度に渋谷に寄っている。元来渋谷なんて町は私と同年代の、今でいえば世紀末とか新世紀あたりに生まれた人々が集う場所で、それこそ何の恐れもないような顔で、少し大人振った格好をしててお洒落振った顔をしながら歩けて然るべきなのであるが、どうにも自分には似合わない街である感じがして、少しも気を緩められないでいる。「あの街を歩く才能が無かったから、私新宿が好き、汚れてもいいの。」これは大森靖子の詞であったはずだが、思い出さずにはいられない。尤も新宿を歩く才能すら私にはないのであるが、私が渋谷系を好んで聴き、"渋谷"というその町になんとなく抱く煌びやかな幻想を、彼女の云う「あの街」に重ねてしまうのだ。
思えば、学部生時代にアルバイトをしていた二子玉川という地もいつまでも別の世界であった。もちろん、そこが百貨店やらが立ち並ぶ、学生にはやや距離のある場所であったという性質も関係あるのかもしれないが、それでも、二年程度足繁く通ったにしてはどこかよそゆき、本当に余所行きの恰好でもなければ立ち寄りたくない思いがある。少しでも気を抜いた格好をすれば刺されるのではないか、そんな緊張感が東京にはある。
私は関東の片田舎ではあるが、東京まではそう遠くない(かといってそう近くもない)電車で一、二路線のところで生まれ育った。だからこそ若者が東京に対して抱く漠然とした憧れの様なものは持ち合わせていないつもりでいた。しかし、それは"つもり"だったのだ。
就職活動を行うにあたってまず優先されたのは、東京からそう遠くないことであって、私はどうも、慣れ親しまないその東京という場所から離れたくなかったらしい。お洋服や写真、彫刻、絵画、イラストレーション、アカデミアなんかをすき好む私にとって文化資本という言葉が如何に重いか。それは大抵、「親の」や「家の」という修飾が付いて回るが、街が湛えるその人々や物々をそう呼ばなくてなんと云うのだろうか。
結果として東京、関東を離れることになった人間の単なる嘆きなのかもしれないが、私が持つ東京に対する思いというのは概ねこんなところである。