父親から時計を一本もらった、早めの形見分けだなんて冗談と共に。それは古いオメガの自動巻き時計であり、奇しくも私に好みだった。
私は父とあまり趣味が合わない。彼はいつまでも501のデニムにでかでかと赤い文字でロゴの書かれたパーカなんぞを着ていて、記憶の中ではいつもGショックの時計を喜んで集めていた。靴箱はいつもNikeのスニーカーでいっぱいで、数少ない革靴にはオールデンやジョンストンアンドマーフィーが選ばれていた。
対して私はフレンチカジュアルを標榜して真っ赤なニットとグレーのウールパンツを気ながら、ネイビーのスーツや古めかしいSeikoのビンテージウォッチ、大塚の靴なんぞばかりを集めていた。
二ヶ月ぶりくらいに帰った実家で、昼食を食べる私に父は言った「毎日俺がその席で飯食ってるから、犬たがち寄ってきてしょうがないだろう」。彼は、はっきりとは言わなかったものの退職をしたんじゃないか。確かにその場面に合っているのだけれど、微妙な違和感を持つ言葉とトーンに、私はそう思った。
私が大学院に進学する少し前に父は定年退職し、再雇用で働いていた。再雇用の定年にはまだ少し早いものの今年の誕生日を機に退職をしたのだろう。思えば、ダイニングテーブルの脇には論理学入門とか書かれたメモ用紙が転がっていた。きっと退職を機に何か新しいことを始めたんだろう。しかもその新しい何かが学問チックな内容であることに、血は争えないのだな、と思った。
最近は収束していく人生に思い悩みながら自分の中にある可能態を掘り起こしてみたいという欲求が胸に巣食っている。私はいい加減夢を語るより先に現実と話し合うべきなのだろうけれど、何者かになりたいと言うどうでもいい心持ちからいつまでも離れられないでいるのだ。いまでも、博士課程に進みたいと思い悩むし、なんならそれは恩師の出身である海外の大学であったら誇らしいのだろうとも考えている。先日あった旧友は面白いねと言って呉れるのだけど、その言葉が私を突き放しているように思われて不味い。当たり前の事なのだけど、その子の人生の中に入る余地がないからこその言葉であると思うのだ。
自分自身の人生であるからこそ、やりたいようにやればいいのだろうけれども、いつか自分自身の人生でなくなる"はず"のこの生命の行く先が、基準通りであるべきなのか想定外であるべきなのかが分からない。まずやることは、無難に働きながら大学を卒業すること。その最中に、新たな行き先を考えるべきなのだろう。スカンディナビアに思いを馳せて、今やれることをやり切りたい。