ココボロだとか好きだとか

社会人・通信大学生による独り言と備忘録

東京と地方に

東京というのは暫定解として余りによろしく、優柔不断な私には心地よく映るのだった。

 

半年ほど暮らすこの地方では、車さえあれば無難な生活を送ることができる。詰まるところ、車がないと日常がままならない。生きていくために必要不可欠な出費として燃料代と車両代が掛かってくる。一方で東京のあたりで過ごしていた時には車なんてものは必要なく、公共交通機関と自転車さえあれば大物家具を買う時以外には何不自由なく暮らすことができていたのだった。

 

先日は水戸に参った。立ち寄った美術館では地元の高校生達の市民リサイタルが催されており、久方ぶりに私は"音楽"を聴いたのだった。もちろんこれは"音楽"を非常に狭く捉えた上での狂言なのだが、もう忘れ去ってしまった高校の頃の思い出をそこに見て、懐かしんでいたのである。

彼(女)らの演奏は天窓からの暖かな陽射しを受けながら朗らかに香り、身体を揺らした。それは比喩でなく、長らく耳の側で紛い物が奏でる"音"しか聴いていなかった私の体にとって、その場にある楽器が空気を揺らして伝えてくる振動は、確かに"音楽"特有の、触覚を伴った体験であった。

 

東京にいた頃の私は、屹度そこから出て暮らすことは無いのだと思い込んでいた。実際、地方-東京間を移動するまたと無い機会である就職活動では、東京で暮らすことができる職も、地方で暮らさざるを得ない職も両方を選ぶことができた。学部生の頃は、私は当然都内を選ぶはずだと信じており、実際地方を選んだのも就職活動が終盤に差し掛かってからであって、100%前向きな決断ではなかった。

それでも今は地方で良かったと思っている。私は東京に憧れがなかった。それは、兼ねてからその地に気軽に赴くことができたからで、その内実を知っていたから。東京とはそれほど良い場所でもなく、暫定解として、日本に存在する粗方全ての体験をどうにか味わうことができる程度の僻地である。その選択肢の多さはよろしいのだが、選択肢がない事もまた同様によろしいのである。

私は意識が弱いから、迷いの少ない地方を選んでよかった。私には私なりに善く生きるために、“すでに選んだやりたい事”があるから。選択肢を絞った人間にとって、東京は必要ないのだ。

一方で、屹度子を育てるのであれば私は都会を選ぶのだと思う、彼らにとっての選択肢とは我々が現在受け止める以上に、はるかに重要で貴重なものであるはずだから。