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大学院生による独り言と備忘録

パリンプセストの備忘録

科学技術とはPalimpsestである。

パリンプセストとは、もともと書いてあった文章を削り取り、その上から新たな文章を書きなおした羊皮紙の事である。

冒頭の言葉はイギリスの文筆家、ウォルター・ペイターがプラトン哲学書に対して書いた文章を下敷きにして私が書いたものだ。この意味で、この言葉すらパリンプセストであるのかもしれない。

原文はこちら、

It is hardly an exaggeration to say that in Plato, in spite of his wonderful savour of literary freshness, there is nothing absolutely new: or rather, as in many other very original products of human genius, the seemingly new is old also, a palimpsest, a tapestry of which the actual threads have served before, or like the animal frame itself, every particle of which has already lived and died many times over. Nothing but the life-giving principle of cohesion is new; the new perspective, the resultant complexion, the expressiveness which familiar thoughts attain by novel juxtaposition. (Plato and Platonism by Walter Pater)

(筆者訳 : プラトン文学は生き生きとした味わいがあるのにもかかわらず、新しいものなど全くないと言って過言ではないでしょう。というよりも、人類の知性が生み出した、"新しく見えるナニカ"があったとしても、それは必ず古からあるものと同じなのです。それはまるでパリンプセストや古布をつかって編上げたタペストリー、もしくは動物の骨それ自体のようなものです。どんなモノであったとしても、それはかつて何度も生きては死ぬを繰り返してきたモノなのです。つまり、新たな組み合わせのみが新たな視点、結果、生命、表現を作り出すのです。(プラトンとプラとニズム / ウォルター・ペイター)

ちなみに全文はプロジェクト・グーテンベルグで読めます。

https://www.gutenberg.org/ebooks/4095

このプロジェクト・グーテンベルグってのもいい名前だよね。著作権の切れた良書をネット上で公開している海外版青空文庫なのだけれど、活版印刷を発明して本を民衆にもたらすきっかけになったグーテンベルグの名前を借り、今度はネット上、つまりこれまでよりも多くの人に本が届くようにという活動を良く表していると思う。

閑話休題

 

 

このペイターの文章は非常に示唆に富んでいる。私は一端の工学者であるが、科学とはその実、まったく新たな発見など求めていないと考えている。

新規性、論文を書く者はこの言葉をいやというほど聞いているだろうが、それはあくまで、新たな結論を見出してくれというものであって、まったく新たな発見をせよという言葉ではないのである。

結局この世界を作っているのは原子の組み合わせであるし、私の好きな服(ファッションというとなんだか違う気がする)だって、結局繰り返し、それこそ様々な糸をいろいろなところから見つけてきて、タペストリーを作り上げている作業にすぎないのだ。

 

帰納法演繹法。演繹だけでは理論値は増えない。論理学的に新たな発見とは帰納法に頼るしかないのである。しかし、こと現代において帰納的に見出すことのできる新事実なんてあるのだろうか。私にはそうは思われない。

この長く続いた人類史の中で、新たな発見なんてものはもう見つかることはないのだろう。

しかしそれでも、我々科学者にはまだまだやるべきことが残っている。それが演繹的な発見である。確かに論理学的には"全く新たな"発見ではないのかもしれない。しかしながら、これまでに見つからなかった"つながり"を発見することは、"新たなモノ"を発見することよりも重要ではないだろうか。

 

 

 

この文章は、もう数か月温めてきたコンクール用の文章をようやく書き終えたから、ついでに書き始めたものである。そもそも、私はコンクールに参加するつもりじゃなかった。ただその時期にたまたま『文学の読み方』という岩波の本を読み、このペイターの引用に出会った。そりゃもう感動した。元の本の内容なんて全く覚えていないが、これについて文章を書かなければいけないと思った。だからコンクールに向けて「はじめに」を書いた。概ね、科学はパリンプセストであるという主張だ。

そしてその対となる「おわりに」では大好きポール・ヴァレリーの言葉を並べた。みんなが引用する「後退りしながら未来へ進む」という旨の内容だ。流れるように文章を書いた。ヴァレリーはあの言葉で「未来なんて分からない」といいたかったようだが、私にはそうは思われない。後退りとは盲目でなく、後ろが見えているのだから。つまり、我々は過去を見ながら未来へ進む。その手にはパリンプセストを携えながら......

もう流れるようにそう書いた。そして間を埋めるように、無理やり本文を描き上げたのだ。私にとっての本丸は「はじめに」と「おわりに」だけであるのに。

 

 

ということで、今回はなんとこさ文章を書き終えたうれしさを記事にしている。だって3,200字とか言ってるけど短すぎだろ。なんも書けなかったよ内容。私はいつも上限以上の文章を書いて削っていくタイプであるが、今回はなかなかしんどかった。そのせいで「紙面の都合上...」とか言い訳も書いているし、本文の内容は非常に薄くなってる。本当はあと4倍くらいはやりたい作業、結果、考察があったのだけれど、無理。だって「はじめに」と「おわりに」を書いただけで1,000字弱あるんだぞ。無理だろ普通に。

どんだけ頑張って(短い)文章を書いたか。できてうれしい。

てかこれ卒論にすればよかったなー(棒)。もっと内容掘り下げれば百数十ページくらい埋められた気がする。

ということで(二回目)、卒論制作に追われる大学四年生の叫びを書いたところで、今日は終わりにしたい。